アイライナーだけ引いてマスカラはつけない。
「雨かぁ・・・」と思いながらドアを開けると雨がピタリとやんだ。
ずーっと図書館で予約待ちだった本の順番が回ってきた。
ジャムが切れたので、ポンヌママンの新しいもの2つ挑戦してみる。
ドトールで一人ぼや~~っと過ごす。
週に一回ざっくり収支計算して、相変わらずのエンゲル係数の高さに溜息する。
ジャスミンティを飲みながら本を読む。
「李賀詩選」。
唐代の詩人は明らかに常人と異なる宇宙の中を歩んでいる。
李白は「天才」、白楽天は「人才」、そして彼を「鬼才」という。
遺された詩は241首、そのどれもが、
碧玉を雲花で洗い、女媧の嘆息を聞くが如しの世界観。
当時の詠みが分かるわけではないけれど、
それでも、その字面を見ただけでどきどきしてしまう。
1200年も前の作品を見て、わけもわからず鼓動を鳴らす人間がいる。
こういうとき、あぁ漢字を使う人間でよかったと心から思う。
文章を書く人は、同じ世界に住んでいて、でも持ってるレンズがそれぞれ違うという感じ。
詩人は、それぞれの人たちが自分の中に宇宙を抱えて生きているという印象。
言葉の重みや色や形や音が、私の知る世界とは別のかたちで存在している。
その響きにあてられてしまうと、なんでもない欠片がずうっと血の中で巡っていくような。
- - - - - - - - - - - - -
「天上謡」
天河夜転漂廻星
銀浦流雲学水声
玉宮桂樹花未落
仙妾採香垂珮纓
秦妃巻簾北牕暁
牕前植桐青鳳小
王子吸笙鵝管長
呼竜耕煙種瑤草
粉霞紅綬藕糸裙
青州歩拾蘭苕春
東指羲和能走馬
海塵新生石山下
- 「李賀詩選」岩波文庫
- - - - - - - - - - - - - -
やはり横書きだと伝わらないなぁ・・・・
押韻は「星・声・纓」、「暁・小・草」、「裙・春」、「馬・下」。
高校漢文の知識も少しは役に立つ。
違う世界を知るのが昔から好きだった。
それがどんなにくだらなかろうと、とっつきづらそうだろうと。
自分がその世界に吸収されるでもなく、反対に飲み込むでもなく、
星がぶつかってきた衝撃をそのままにしておきたかったし、今でもその節はある。
私の知ってる世界とこんなにも違うものがあってくれるという安心感、感動、のような。
所詮一体にはなれないけれど、だからこそ愛撫できるということもあるはず。
惹かれることに理由などない、ただ「好きだ」というだけ。
古典にはそういう感動がより複雑になる。
李賀の場合には、1200年の時空を飛び越えてぶつかってくれた、
私を揺さぶり続けてくれる、そのコントラストに目眩すら感じる。
「新しい」ということは、「今しがた生まれた」というそれ自体の「新しさ」「若さ」だけでなく、
出会う人にとって「鮮烈である」ということでもあると思う。
むしろ「老いて枯れた」といわれるものにこそ、「新しさ」を感じることだって。
他人にとってどう思われているものであろうと、自分のレンズで物を見ていたい。
難しいことではあるけど、「だから何?」なことかもしれないけど。
暇な時には、こんなめんどくさい戯言を繰りたくなるものなのです。
「雨かぁ・・・」と思いながらドアを開けると雨がピタリとやんだ。
ずーっと図書館で予約待ちだった本の順番が回ってきた。
ジャムが切れたので、ポンヌママンの新しいもの2つ挑戦してみる。
ドトールで一人ぼや~~っと過ごす。
週に一回ざっくり収支計算して、相変わらずのエンゲル係数の高さに溜息する。
ジャスミンティを飲みながら本を読む。
「李賀詩選」。
唐代の詩人は明らかに常人と異なる宇宙の中を歩んでいる。
李白は「天才」、白楽天は「人才」、そして彼を「鬼才」という。
遺された詩は241首、そのどれもが、
碧玉を雲花で洗い、女媧の嘆息を聞くが如しの世界観。
当時の詠みが分かるわけではないけれど、
それでも、その字面を見ただけでどきどきしてしまう。
1200年も前の作品を見て、わけもわからず鼓動を鳴らす人間がいる。
こういうとき、あぁ漢字を使う人間でよかったと心から思う。
文章を書く人は、同じ世界に住んでいて、でも持ってるレンズがそれぞれ違うという感じ。
詩人は、それぞれの人たちが自分の中に宇宙を抱えて生きているという印象。
言葉の重みや色や形や音が、私の知る世界とは別のかたちで存在している。
その響きにあてられてしまうと、なんでもない欠片がずうっと血の中で巡っていくような。
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「天上謡」
天河夜転漂廻星
銀浦流雲学水声
玉宮桂樹花未落
仙妾採香垂珮纓
秦妃巻簾北牕暁
牕前植桐青鳳小
王子吸笙鵝管長
呼竜耕煙種瑤草
粉霞紅綬藕糸裙
青州歩拾蘭苕春
東指羲和能走馬
海塵新生石山下
- 「李賀詩選」岩波文庫
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やはり横書きだと伝わらないなぁ・・・・
押韻は「星・声・纓」、「暁・小・草」、「裙・春」、「馬・下」。
高校漢文の知識も少しは役に立つ。
違う世界を知るのが昔から好きだった。
それがどんなにくだらなかろうと、とっつきづらそうだろうと。
自分がその世界に吸収されるでもなく、反対に飲み込むでもなく、
星がぶつかってきた衝撃をそのままにしておきたかったし、今でもその節はある。
私の知ってる世界とこんなにも違うものがあってくれるという安心感、感動、のような。
所詮一体にはなれないけれど、だからこそ愛撫できるということもあるはず。
惹かれることに理由などない、ただ「好きだ」というだけ。
古典にはそういう感動がより複雑になる。
李賀の場合には、1200年の時空を飛び越えてぶつかってくれた、
私を揺さぶり続けてくれる、そのコントラストに目眩すら感じる。
「新しい」ということは、「今しがた生まれた」というそれ自体の「新しさ」「若さ」だけでなく、
出会う人にとって「鮮烈である」ということでもあると思う。
むしろ「老いて枯れた」といわれるものにこそ、「新しさ」を感じることだって。
他人にとってどう思われているものであろうと、自分のレンズで物を見ていたい。
難しいことではあるけど、「だから何?」なことかもしれないけど。
暇な時には、こんなめんどくさい戯言を繰りたくなるものなのです。
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