フランシス・ベーコン展へ。
2013年3月13日 memo コメント (2)控えめな風を陽光が温めていた昨日、
HTさまと再びお会いして
東京国立近代美術館「フランシス・ベーコン展」へと。
展示を観る前は、
彼の作品はただただ、嗜虐的欲求を発散し、戸惑うものに投げつけるのを楽しむような暴力性の塊だと思っていた。
そして観た後の感想は、「分かったようで分からない」ということ。
面白かったのは、確かに暴力性や恐怖を感じさせる表現ではあるものの、彼の理性・思考を通って描き出されているということ。
それは、丁寧に塗られた背景や画面を構成する直線・曲線の確かさにも見て取れる。
それから、恐怖や痛みは彼にとって瞬間的な現象ではなく、おそらく永遠であり、最も確かで普遍的なものとしてあったんじゃないかということ。
ベーコンの作品に散見される、「絵の中の檻、その中で叫ぶ人」というモチーフでは、人はスーツを着て、スキンヘッドで特徴のない顔、口は大きく空けているが歯の後ろは黒々として描かれている。三幅対では顔のパーツは拭い取られ、あるいは顔は男性で首から下は女性という形で描かれている。
個別具体的な「誰か」ではなく、「誰でもある・誰でもない誰か」として。
絵の中の時間も、まるで空気など存在しないかのように、人物も呼吸など知らないように静止している。
永遠に叫び止むことがない人物。
「金色の額縁にガラスをはめ込むこと」というベーコンの指定する展示方法を通してみると、手を伸ばすと届くほどの、けれどガラス一枚隔てた距離で行われている「実験」を観ているような気分になる。
ある人物の実験過程を見学しているというか・・・
おそらくベーコンにとって、見る人の解読など邪魔なものだったのだろうと思う。
こじつけも許さないほどの混乱を受け止める覚悟こそ、ベーコンの最も求めたものだったのかもしれない。
(絵の脇にある解説も、「きっと~かもしれない」)なんて語調だし。
ぐだぐた書いて、一日経ったのにまだ消化できない。
結局あの作品群は、ベーコンの何だったんだろう?
一方で私の頭の中には、絵の一つ一つのパーツ(首や裸像、叫ぶ口、椅子、溶ける影など)が寄り集まって、奇妙にモダンなインテリアに囲まれた怪物のようなイメージができつつある。それがベーコンにとっての、描くべき人間像なのかもしれないけれど。
- - - - - - - -
こんぐらがった後は神保町へ。
まず腹ごしらえにカレー屋「エチオピア」へ。
辛さが0~70倍まで選べるということで、もちろん・・・・0倍で。ヘタレなもんでw
いただいたチキンカレーはサラサラして具はたっぷり!おいしい!
すごく食べ応えがあってしかもジャガバタのおかわりまで!!
私は朝ごはん食べないで向かったので、HTさまが残してたご飯を奪ってしまい・・・
一人前でもかなりのボリュームなのですが、勢いつけすぎてやっぱりお腹いっぱいに・・・げふ。
(そして二人してカレーの写真は撮れなかったというw)
ベルトを押し返す腹を抱えて神保町を少し散策。
私がイメージしてた神保町はもっと大正建築風だったのですが、かなりビル群が多かった。
それでも児童書専門、中国書籍、洋書etc長いことうまく棲み分けしてやってきたんだなぁという印象は崩れず、勝手にホッとしていた。店先のワゴンセールも先々で賑わっていたし。
特に和本!「北斎漫画」とか欲しいw(´へ`)w
カレーはまだまだ消化できていなかったけれど、HTさまとはここでお別れ。
私がのたくら話すのをちゃんと聞いてくださって・・・涙
木村さんの話をした時間はギュッと凝縮しても5分程度しか話さなかったと思われますが、
とってもとっても刺激的で楽しく、満腹なひと時でした。
いつもありがとうございます!今度こそ乗り過ごさないように頑張ります☆
HTさまと再びお会いして
東京国立近代美術館「フランシス・ベーコン展」へと。
展示を観る前は、
彼の作品はただただ、嗜虐的欲求を発散し、戸惑うものに投げつけるのを楽しむような暴力性の塊だと思っていた。
そして観た後の感想は、「分かったようで分からない」ということ。
面白かったのは、確かに暴力性や恐怖を感じさせる表現ではあるものの、彼の理性・思考を通って描き出されているということ。
それは、丁寧に塗られた背景や画面を構成する直線・曲線の確かさにも見て取れる。
それから、恐怖や痛みは彼にとって瞬間的な現象ではなく、おそらく永遠であり、最も確かで普遍的なものとしてあったんじゃないかということ。
ベーコンの作品に散見される、「絵の中の檻、その中で叫ぶ人」というモチーフでは、人はスーツを着て、スキンヘッドで特徴のない顔、口は大きく空けているが歯の後ろは黒々として描かれている。三幅対では顔のパーツは拭い取られ、あるいは顔は男性で首から下は女性という形で描かれている。
個別具体的な「誰か」ではなく、「誰でもある・誰でもない誰か」として。
絵の中の時間も、まるで空気など存在しないかのように、人物も呼吸など知らないように静止している。
永遠に叫び止むことがない人物。
「金色の額縁にガラスをはめ込むこと」というベーコンの指定する展示方法を通してみると、手を伸ばすと届くほどの、けれどガラス一枚隔てた距離で行われている「実験」を観ているような気分になる。
ある人物の実験過程を見学しているというか・・・
おそらくベーコンにとって、見る人の解読など邪魔なものだったのだろうと思う。
こじつけも許さないほどの混乱を受け止める覚悟こそ、ベーコンの最も求めたものだったのかもしれない。
(絵の脇にある解説も、「きっと~かもしれない」)なんて語調だし。
ぐだぐた書いて、一日経ったのにまだ消化できない。
結局あの作品群は、ベーコンの何だったんだろう?
一方で私の頭の中には、絵の一つ一つのパーツ(首や裸像、叫ぶ口、椅子、溶ける影など)が寄り集まって、奇妙にモダンなインテリアに囲まれた怪物のようなイメージができつつある。それがベーコンにとっての、描くべき人間像なのかもしれないけれど。
- - - - - - - -
こんぐらがった後は神保町へ。
まず腹ごしらえにカレー屋「エチオピア」へ。
辛さが0~70倍まで選べるということで、もちろん・・・・0倍で。ヘタレなもんでw
いただいたチキンカレーはサラサラして具はたっぷり!おいしい!
すごく食べ応えがあってしかもジャガバタのおかわりまで!!
私は朝ごはん食べないで向かったので、HTさまが残してたご飯を奪ってしまい・・・
一人前でもかなりのボリュームなのですが、勢いつけすぎてやっぱりお腹いっぱいに・・・げふ。
(そして二人してカレーの写真は撮れなかったというw)
ベルトを押し返す腹を抱えて神保町を少し散策。
私がイメージしてた神保町はもっと大正建築風だったのですが、かなりビル群が多かった。
それでも児童書専門、中国書籍、洋書etc長いことうまく棲み分けしてやってきたんだなぁという印象は崩れず、勝手にホッとしていた。店先のワゴンセールも先々で賑わっていたし。
特に和本!「北斎漫画」とか欲しいw(´へ`)w
カレーはまだまだ消化できていなかったけれど、HTさまとはここでお別れ。
私がのたくら話すのをちゃんと聞いてくださって・・・涙
木村さんの話をした時間はギュッと凝縮しても5分程度しか話さなかったと思われますが、
とってもとっても刺激的で楽しく、満腹なひと時でした。
いつもありがとうございます!今度こそ乗り過ごさないように頑張ります☆
コメント
しっかし久々に行った神保町…ものすごく様変わりしててちょっと寂しい。
もっとこう、古びた感じの町並みだったのよー@古本屋街
北斎漫画というと、タコと女のエロい絡み絵がまず思い浮かぶ私はヘンタイですかそうですかありがとうございました!←
お返事遅くなりました・・・!;;
時間が経っても、牛の如く楽しかった記憶を反芻しておりますv
北斎漫画は猫のイメージだなぁ・・・
浮世絵というと春画のスゴさは半端ないすよねぇ(´q`)
日本人の変態性ってDNAで刻み込まれてんだなぁと思います。
HTさまのヘンタイは猛者レベルですわ☆うふ☆